また

今年もホノルルマラソンは雨であった。昨年は僕も参加したので、詳細は述べたが見ていない人もいる為、今一度読んでいただこう。全くこれと天候が同じであったからである。みなさんお疲れ様でした!では昨年の奮戦記を。今年の感想は「小林克也さん」のHPで細かく書くとしよう。ホノルルマラソン奮戦記 12月9日ハワイ時間朝5時、嵐の中で第35回ホノルルマラソンはスタートした。 なにせ出るきっかけが、「ハワイ在住の人の第一期申し込みは19ドルと格安だよ!」という友人の「悪魔の誘い」にのったところから始まった。 嵐のスタートでこの「すけべ心」がいけなかったと、後悔しても今更遅かった。 Tシャツも靴もずぶ濡れでスタートした。 4キロ過ぎのチャイナタウンでまたも嵐。 この時は学校時代に無理矢理走らされ「ざけんなよ〜〜」と後方から「ぶーたれていた」自分に戻っていた。 アラモアナショッピングセンターまで戻ってくると、靴が水溜まりに「どぼっと」浸かった。 この時は高校陸上部時代に懐かしの「立川競技場」での、嵐の100M決勝が頭をよぎった。 この時は台風で、スタート地点が水浸しで、指がつけぬほどの大雨であった。 どうも逆境に強いらしく、その時は大雨の中11秒9で入賞した。 そんなことはどうでもいいという声にお答えして話を元に戻す。 何で常夏のハワイでこんな天候の中、走らなくてはいけないのかと絶えず考えている「未練がましい男」なのである。 今回は5年ぶりに日本からのランナーが増加し、3万人以上参加した。 途中で変なグループがいて「おいみんなこのペースを体に染み込ませるんだ!」と大声でやってくるグループがいた。 「スクールウォーズ」じゃなんだからやめろよと口に出かかったがやめておいた。 かと思えば虹が出て、初老の男が僕に「あっ虹だ。初めて見た〜〜。あれあれ」と指をさす。 こんなにまで天気が悪いとは夢にも思わなかったので、彼の言葉はかえって悲しい気持ちになった。また天気の良い時に参加してねと呟く。  さて何とか中盤まで持ちこたえてフリーウェイに出た。 30キロ通過くらいから体が重くなり、35キロ過ぎにはふくらはぎに針で刺したような痛みがぴんときた。 それでも今回は最初で最後と公言していただけに、中途半端では終われない。 沿道の応援の人達の「声援」は有難かった。 自分が福岡国際マラソンで宗兄弟や中山と死闘を繰り広げる「瀬古」になってしまうのである。 当時の早稲田総監督の中村氏が瀬古の快走にたまらず応援車の上から「都の西北〜〜」と早稲田の校歌を歌った気持ちが、わからぬでもない気持ちになった。 ちと古くて申し訳ない。 何とか完全完走し目標の5時間を10秒切れた。 4時間59分50秒とここでも「せこ」さを発揮した。 何とかゴールしたが、体の至る所はめりめり音をたて、歩くこともままならない。 おまけに靴が5時間水浸しだった為、足がふやけてこれまた歩行困難。 今書いているのは1晩明けた夕方、体がほとんど元の状態に戻り、人間の体って凄いなあ〜などと一人で感心している。 それにしてもお粗末なのは、ホノルルマラソン協会の大会記録計測システムに不具合が発生して、記録が出てこない不足の事態を招いていることである。 日本ならとっくに首は飛ぶであろう。 まあ僕にはどうでも良いことである。 最後に友人は「ハイテクの靴は濡れてもすぐ乾くようになっているんだよ」と 今更言うなとも思ったが、このローテクシューズに敬意を表したいと思う。 男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。 今回42.195キロから学んだことである。 ボランティアの方々に心から感謝する。

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